現在、私たちが演奏している二胡。
二本の弦、蛇皮を張った琴筒、弦の間を通る弓、そして人の声にも似た美しい音色。
二胡を習っている方にとっては、これが「二胡の普通の姿」に見えると思います。
しかし、二胡は最初から現在のような形だったわけではありません。
長い歴史の中で、演奏家、教育家、製作家たちが、
「もっと美しい音を出したい」
「もっと安定した音程で演奏したい」
「もっと広い音域を演奏したい」
「もっと豊かな表現ができる楽器にしたい」
と研究と改良を重ねながら、少しずつ現在の姿へ発展してきました。
特に20世紀に入ってから、二胡は大きく変化します。
劉天華によって近代二胡の演奏・教育の基礎が築かれ、その後の演奏家、教育家、製作家たちによって、調弦、弦、蛇皮、琴碼(駒)、弓、琴筒など、楽器そのものにもさまざまな改良が加えられていきました。
今回は、
「二胡はなぜ現在の形になったのか?」
という視点から、近代二胡から現代二胡へと続く楽器改革の歴史を見ていきたいと思います。
1.昔の二胡は現在のように統一されていなかった
二胡の祖先にあたる胡琴系の擦弦楽器には、長い歴史があります。
しかし昔の二胡や胡琴は、現在のように専門的な独奏楽器として、全国的に統一された形で使われていたわけではありません。
民間音楽、地方劇、説唱、歌の伴奏、合奏など、それぞれの地域の音楽文化の中で使われていました。
そのため、地方や演奏者によって、
楽器の形、
大きさ、
調弦、
音の高さ、
音域、
演奏方法、
音色
などにも違いがありました。
現在のように、
「二胡はこの調弦、この音域、この方法で学ぶ」
という共通した基準が、まだ十分に整っていなかったのです。
この状況が大きく変化していくのが20世紀です。
2.劉天華が二胡を近代的な独奏楽器へ
近代二胡の発展を語るうえで、最も重要な人物の一人が劉天華(1895~1932)です。
劉天華は、それまで民間音楽の中で演奏されることの多かった二胡を、専門的に学び、教え、独奏することのできる芸術楽器へと発展させました。
演奏姿勢、弓の持ち方、運弓、左手の運指、把位(ポジション)、音階、音程などを整理し、練習曲や独奏曲を作り、二胡を専門教育の中へ導いていきました。
ここで重要なのは、
演奏法と教育の近代化が、楽器そのものの標準化にもつながった
ということです。
多くの学生が同じ教材を使い、同じ基準で学ぶためには、音程、音域、調弦、弦の張力、音量、音色、演奏性などについても、ある程度共通した基準が必要になります。
つまり、
二胡教育の体系化と楽器の近代化は、互いに影響しながら進んでいった
と考えることができます。
3.絹弦から金属弦へ――二胡の音を変えた大きな改革
現在の二胡では、一般的に金属弦が使われています。
しかし昔の二胡では、主に絹弦が使われていました。
絹弦には独特の柔らかさや味わいのある音色があります。
一方で、温度や湿度などの影響を受けやすく、張力や音程を安定させることが難しい面もあります。
二胡が独奏楽器として発展し、大きな舞台や合奏で演奏される機会が増えるにつれて、
安定した音程、明瞭な発音、安定した張力、より豊かな音量
などが求められるようになりました。
その中で、二胡の弦は次第に絹弦から金属弦へと変化していきました。
これは単に弦の材質が変わったということではありません。
弦が変われば、右手の運弓、左手で弦を押さえる感覚、ビブラート、発音、音量、音色にも影響します。
現在私たちが聴いている「現代二胡の音」は、金属弦の普及とも深く関係しているのです。
4.なぜ現在の二胡はD・A調弦なのか
現在の標準的な二胡は、
内弦=D
外弦=A
という完全5度で調弦します。
現在二胡を習っている方には当たり前のように感じられるD・A調弦ですが、昔から全国で統一されていたわけではありません。
昔の二胡や胡琴系楽器では、地方や演奏者、演奏する音楽によって調弦方法が異なり、4度や5度などの音程関係で調弦されることもありました。
また、現在のように「内弦はD、外弦はA」という絶対的な音の高さに固定されていたわけでもありません。
特に歌や地方劇などの伴奏では、歌う人の声の高さに合わせて楽器の音の高さを決めることもありました。
この状況が大きく変化していくのが、二胡の近代化です。
劉天華は西洋音楽やバイオリンも学び、その知識も取り入れながら、二胡の演奏法、音域、ポジション、教材、教育方法などを体系化していきました。
その近代化の過程で、内弦D・外弦Aという完全5度の調弦が、標準的な二胡の調弦として定着していきました。
D・Aという調弦によって、二胡は一定の音域と張力を持ち、独奏、合奏、民族管弦楽、さらにピアノやバイオリンなどの西洋楽器との共演にも対応しやすくなりました。
教育面でも、これは非常に大きな変化です。
昔のように地方や先生、演奏者によって調弦や音の高さが異なっていると、統一された教材を作り、多くの学生が同じ基準で学ぶことが難しくなります。
調弦の標準化
↓
教材の標準化
↓
教育の体系化
この流れは、二胡が民間の伴奏楽器から、音楽学校や大学でも専門的に学ぶことのできる現代的な楽器へ発展するうえで、大きな意味を持っていました。

5.蛇皮の変化――さまざまな蛇皮から錦蛇の皮へ
二胡独特の音色を生み出す重要な部分が、琴筒に張られている蛇皮です。
昔の二胡では、現在のように使用する蛇皮の種類や品質が一定していたわけではなく、さまざまな蛇皮が使われていました。
その後、二胡の製作技術が発展し、より豊かな響きや安定した振動性能が求められるようになる中で、錦蛇(ニシキヘビ類)の皮が二胡製作に広く使われるようになりました。
弦の振動は琴碼を通して蛇皮へ伝わり、蛇皮が振動することで琴筒全体が響きます。
そのため、
蛇皮の種類、厚さ、弾力、使用する部位、鱗の状態、張力、張り方
などによって、二胡の音色や反応は大きく変わります。
同じ木材、同じような形で作られた二胡であっても、一本一本の音色が異なる理由の一つがここにあります。
二胡は、木材だけで音が決まる楽器ではありません。
木材・琴筒・蛇皮、そして製作者の技術。
それらが組み合わさって、一本一本の二胡の「声」が生まれます。

6.琴碼(駒)の変化――さまざまな材質から楓材・油煎碼へ
蛇皮の上に置かれている小さな部品が琴碼(駒)です。
小さな部品ですが、二胡の音を作るうえで非常に重要です。
琴碼は、二本の弦の振動を蛇皮へ伝える「橋」の役割をしています。
昔から琴碼には、さまざまな材質や形状のものが使われてきました。
二胡の音響研究と製作技術が進むにつれて、材質、高さ、大きさ、形、重さなどが音色や発音にどのような影響を与えるかが研究され、楓(カエデ)材の琴碼が広く使用されるようになりました。
さらに、楓材を油で処理した、中国語でいう「油煎碼(油煎码)」も現代二胡で広く使用されています。
琴碼を変えるだけでも、
発音の速さ、
音の明るさ、
柔らかさ、
響き、
内弦と外弦のバランス
などが変化することがあります。
つまり二胡の音は、
弦 → 琴碼 → 蛇皮 → 琴筒
という振動の伝達によって作られています。
小さな琴碼も、現代二胡の発展を支えてきた重要な部品なのです。

7.弓毛の変化――黒毛から白毛へ
二胡本体だけではなく、弓も時代とともに変化してきました。
昔の二胡弓では黒い馬毛が使われることもありましたが、現代の二胡では白い馬毛を使用した弓が一般的になっています。
二胡はバイオリンとは異なり、弓毛が内弦と外弦の間を通っています。
弓毛と弦との摩擦によって音を出すため、
弓毛の太さ、本数、均一性、張り具合、摩擦の状態
などは、発音や運弓の感覚に直接影響します。
二胡の演奏技術が発展し、
長弓、連弓(スラー)、快弓、顫弓(トレモロ)、頓弓(スタッカート)
など、より細かく高度な運弓表現が求められるようになるにつれて、弓にも安定した反応と高いコントロール性が求められるようになりました。
現在の二胡の音色は、二胡本体だけではなく、弓の発展とも深く関係しているのです。

8.琴筒の発展――蘇州・北京・上海へ
二胡の琴筒の歴史を見ると、単純に「六角形から八角形へ変わった」というだけではありません。
伝統的な二胡では、蘇州系の六角琴筒が代表的な形として長く使われてきました。
現在でも蘇州系二胡の六角琴筒は、中国二胡を代表する伝統的な形の一つです。
その後、二胡の演奏技術や舞台表現が発展すると、楽器にも、より豊かな音量、響き、反応、音色などが求められるようになります。

こうした流れの中で琴筒の形や内部構造についても研究が進みました。
北京では1970年代、王国潼らが楽器改革・研究に取り組み、八角形の琴筒を持つ北京二胡が発展しました。

しかし、現代二胡の発展は蘇州と北京だけではありません。
上海でも独自の二胡製作と改良が発展してきました。

そのため現在の中国二胡を大きな流れで見ると、
伝統的な蘇州系二胡
現代的な北京二胡
上海二胡
という三つの大きな系統から見ることができます。
同じ「二胡」であっても、琴筒の形だけでなく、製作方法、木材、蛇皮の張り方、内部構造、音色に対する考え方など、それぞれに特徴があります。
ここが二胡という楽器の非常に面白いところです。
現代二胡は一つの形だけに統一されたのではありません。
伝統的な蘇州系二胡を受け継ぎながら、北京、上海でも新しい製作思想や技術が生まれ、それぞれの二胡が発展してきたのです。
9.演奏技術の発展が楽器を変えた
二胡の楽器改革を考えるとき、楽器の構造だけを見てはいけません。
非常に重要なのは、
演奏技術の発展が、楽器のさらなる改良を必要とした
ということです。
近代から現代にかけて二胡では、
ビブラート、滑音、回転滑音、墊指滑音、換把(ポジション移動)、快速運指、連弓(スラー)、快弓、顫弓(トレモロ)、頓弓(スタッカート)
など、さまざまな演奏技術が発展しました。
ポジション移動によって音域も広がり、独奏曲だけでなく、大型作品や協奏曲も演奏されるようになります。
すると楽器側にも、
高音域まで安定して鳴ること、
速い運指に反応すること、
弱音から強音まで幅広く表現できること、
より豊かな音量を持つこと、
合奏の中でも存在感のある音を出せること
などが求められるようになります。
つまり、
演奏技術の発展が楽器を進化させ、楽器の進化がさらに新しい演奏表現を可能にした。
この二つは、二胡の近現代史において切り離すことのできない関係なのです。
10.1970年代、北京八角二胡の誕生
20世紀後半になると、二胡はさらに高度な独奏楽器へと発展していきます。
その中で重要な役割を果たした演奏家の一人が王国潼です。
王国潼をはじめとする演奏家たちは、新しい作品、新しい奏法、音域の拡大だけでなく、楽器そのものの研究・改革にも取り組みました。
1970年代には、王国潼らが関わった楽器改革・研究によって、八角形の琴筒を持つ新しい北京二胡が誕生・発展していきました。

これは、単に外観を変えたということではありません。
二胡の演奏技術が高度化し、より豊かな音量、響き、反応、表現力が求められる中で、
「現代の演奏に適した二胡とは何か」
という視点から、演奏家自身も楽器の構造や音響研究に関わるようになったことに大きな意味があります。
劉天華の時代に始まった二胡の近代化は、演奏・教育だけにとどまらず、その後の世代によって楽器そのものの改革へと広がっていったのです。
11.現代二胡は「全体」で作られている
ここまで見てくると、二胡の発展とは、琴筒の形だけが変わった歴史ではないことが分かります。
絹弦 → 金属弦
さまざまな調弦 → D・A完全5度調弦の標準化
さまざまな蛇皮 → 錦蛇の皮の普及
さまざまな琴碼 → 楓材・油煎碼の普及
黒い弓毛 → 白い弓毛の普及
そして琴筒についても、
伝統的な蘇州系二胡 → 北京二胡・上海二胡など、地域ごとの製作技術と新しい構造の発展
がありました。
同時に、
演奏法・音域・教材・作品・教育方法
も発展してきました。
これらは別々の出来事ではありません。
弦が変われば運弓も変わります。
蛇皮や琴碼が変われば発音や音色も変わります。
音域が広がれば、それに応えられる楽器の性能が必要になります。
演奏技術が高度になれば、弓や弦にもさらに高い性能が求められます。
つまり、
現代二胡とは、一つ一つの改良と研究が積み重なって作られてきた総合的な楽器なのです。
12.現在の二胡は完成形なのか?
では、現在の二胡はもう完成した楽器なのでしょうか。
私は、そうではないと思います。
二胡は現在も発展を続けています。
木材、蛇皮の張り方、琴筒の構造、弦、琴碼、弓、音響など、現在もさまざまな研究や試みがあります。
しかし、改良すれば何でも良いというわけではありません。
二胡には、長い歴史の中で受け継がれてきた「二胡らしい音色」があります。
ただ音量を大きくすれば良い。
ただ高音を出しやすくすれば良い。
ただ弾きやすくすれば良い。
それだけでは、二胡本来の魅力を失ってしまう可能性があります。
大切なのは、
伝統的な二胡の美しい音色を守りながら、現代の演奏表現に応えられる楽器へ発展させること。
ここに二胡製作・研究の難しさと面白さがあると、私は考えています。

まとめ|現在の二胡は何世代もの研究と改革によって生まれた
私たちが現在手にしている二胡は、突然現在の形になったわけではありません。
民間音楽の中で育まれてきた胡琴の長い歴史。
劉天華による演奏・教育の近代化。
その後の演奏家、教育家、作曲家、製作家たちによる研究と改革。
そして、
調弦、弦、蛇皮、琴碼、弓毛、琴筒、演奏技術、教材、作品。
これらすべての積み重ねによって、現在の二胡が作られてきました。
そして現在の中国二胡には、大きな流れとして、伝統的な蘇州系二胡、現代的な北京二胡、上海二胡という三つの系統があります。
二胡の近現代史は、すべてが一つの形へ統一されていった歴史ではありません。
伝統を守りながら、それぞれの地域、それぞれの時代の演奏家や製作家が、より良い音色と演奏性能を求め続けてきた歴史でもあるのです。
私たちが二胡の弓を一本動かすとき、その一本の楽器の中には、何世代もの人々が追求してきた、
「もっと美しい二胡の音を作りたい」
という思いが受け継がれています。
だから私は、二胡を学ぶ皆さんにも、演奏方法だけではなく、
「なぜこの二胡は現在の形になったのか」
という歴史を知っていただきたいと思っています。
楽器の歴史を知れば、蛇皮一枚、琴碼一つ、二本の弦、一本の弓を見る目も変わってきます。

そして、その歴史を知ったうえで二胡を弾くと、私たちが今奏でている一音も、また違って聴こえてくるのではないでしょうか。
